AliExpressの戦い――Temuへの対抗、Sheinへの静観【中国EC三国志】

かつてAliExpressは、唯一無二の存在でした。安価な中華ガジェット、名前も聞いたことのないメーカーのスマホや周辺機器、それに雑貨や衣料品がとにかく破格値で販売されていました。しかも送料無料で。そういった商品を好む世界中の人々をAliExpressは魅了し続け、中華通販の聖地としての立ち位置が確立しました。

しかし、その空気が一変したのが2022年。Temu(テム)とShein(シーイン)という2つの怪物が、ほぼ同時期に世界市場へなだれ込んできました。

両者とも中国発で驚異的な安さを武器に、短期間でアメリカのアプリストアランキングを席巻し、気がつけば、AliExpressはこの2社に板挟みされる形になっていました。この出来事は、アリエクが唯一無二の存在ではなくなったことを意味します。

Temuの登場は、単なる新しい安売りアプリの登場ではありませんでした。親会社であるPDD Holdings(拼多多を運営する企業)は、Temuの立ち上げにあたり、桁違いの資本を投入します。

広告費を惜しみなく使い、最も高額なCM枠だと言われるアメリカNFLのスーパーボウルにまで進出をして、知名度をとにかく上げることを優先しました。

そして、それまでの中国通販ではあまり見られなかった「全托管(※チュエン・トゥオ・グァン / 日本語では『ぜんたくかん』)」と呼ばれる仕組みを導入しました。

全托管は、出品者が商品を用意する以外のほぼすべて、価格設定、物流、カスタマーサポート、返品対応を運営側が一括して管理する販売モデルです。出品者は商品を製造して卸すのみに徹し、販売に関してはTemuがすべて代行する形です(※全托管についての詳しい内容は、こちらのChoiceはなぜ安いのか? AliExpressの裏側にある3つの販売形態と物流の秘密をご覧ください)。

この仕組みを導入することにより、Temuは、販売価格と配送スピードを強力にコントロールすることが可能になりました。従来までの中国通販特有の「安いけど届くまで非常に遅い」という弱点を、全托管の導入で、ある程度克服してしまったのです。

業界最大手であるAliExpressにとって、このTemuの販売戦略は看過できない事態となりました。安さを武器に中国通販で君臨していた牙城を、後発のTemuに、安さに加えて速さをも見せつけられるようになったのです。しかもTemuがまず初めに奪っていったのは、まさにAliExpressの主戦場だった北米市場のユーザー層でした。

この出来事がきっかけで、AliExpressが2023年から本格展開したのが「Choice」なのです。

Choiceの誕生は、Temuの成功モデルを深く研究したうえで、後追いする形で作られた対抗策なのです。「半托管」「全托管」という物流・価格管理の仕組みを一部導入し、「エスポ便」のような専用配送網を整備。検索結果にはChoice対象商品を優遇して表示するシステムへと変貌しました。

それともう一つ、3品以上の購入で高速配送無料の『よりどり』のサービス開始も、AliExpressが、Temuと同じ土俵で互角に戦うために誕生したものなのです。

ところが、この転換は一筋縄ではいきませんでした。AliExpressには、長年にわたり商売をしてきた既存のPOPセラー(※価格や物流を自分で管理する従来型セラーの形態)が数多く存在します。

彼らの商習慣や利益構造をすべて無視して、Temuのように自らが販売価格や配送の決定権を持つ販売方法へ舵を切ることはなかなか難しいのです。老舗であるがゆえ、複雑な内部事情がAliExpressの対応をどうしても後手後手に回らせているのです。

ただし、この転換は私たちアリエクユーザーにとっては恩恵をもたらします。より安く、より早く荷物が届く。それまでは発送されて1カ月くらい平気でかかっていたのがコンスタントに1週間以内で届けられるようになったのは、Temuの快進撃のおかげなのです。

では、もう一つの新勢力であり、同じように急成長したSheinに対して、AliExpressはどのような対抗手段に打って出たのか?

結論から申し上げますと、AliExpressは、Sheinに対してはなにも対抗策を講じていないのです。

Sheinは、中国ファッション通販における絶対王者としての地位を確立しました。その強さの源泉は『オンデマンド生産』という、デザインから実際の販売開始まで、わずか数日というスピード感で新商品を市場に投入し続ける仕組みです。

トレンドを追いかけるのではなく、トレンドが生まれた瞬間にそれを商品化して先回りする手法と、Z世代の消費行動を的確に捉えたゲーミフィケーション(※ポイント制度やゲーム的な購入体験の設計)を武器に、若年層の囲い込みに序盤から成功しました。

対するAliExpressも、実はこの領域に無関心だったわけではありません。過去にファッションカテゴリを強化しようとした時期が何回かあって、いくつもの投資を行いました。しかし、その試みは構造的な壁にぶつかって頓挫します。

最大の壁は、サプライチェーンそのものの違いです。Sheinのオンデマンド・小ロット生産は、トレンドの移り変わりに合わせて生産量を柔軟に調整できます。一方、AliExpressの強みは、従来型の卸売・在庫モデルに基づく、大量の商品ラインナップの中から探し出す販売方法です。この販売方法の違いは、言うなればAliExpressはカメ、Sheinはウサギほどのスピード差があるわけで、どうやっても速さでは勝てず、しかもウサギは途中で眠ることなく走り続けているのです。

勝てない市場で抵抗し続けるコストと、勝てる市場に集中して得られるリターンを冷静に比較した結果、AliExpressはファッション領域への深追いを事実上やめました。

ここで、TemuとSheinへの対抗策の大きな違いが鮮明に分かります。

Temuは、AliExpressと同じ総合ディスカウントECサイトという土俵に立っていて、ガジェットも雑貨も日用品も扱い、顧客層もほぼ完全に重なります。この分野で撤退や敗北は、AliExpressが自社の顧客基盤そのものを明け渡すことに等しくなります。だからこそ、Choiceという強力な対抗策を武器に戦い続けます。

一方のSheinは、ファッション専業という別の競技での戦いで、顧客が求めているものも、サプライチェーンに必要な能力も異なります。この競技から撤退や敗北を喫したとしても、AliExpressの中核をなす顧客を直接失うわけではありません。だからこそ、静観という合理的な選択肢が出てくるのです。

Temuとは戦い、Sheinとは戦わない。この一見矛盾した対応の差は、同じ商品群の顧客を奪い合っているか否か、という見極めから生まれました。

この三つ巴の戦いが日本の消費者へどんなことが波及するのかを考えてみます。

Temuの日本市場への進出は、かなり短期間で認知を広げました。大規模な広告出稿と、「9.99ドル以上で送料無料」といったシンプルで分かりやすい販売方法で、それまで中国通販に馴染みのなかった層にまで一気に浸透した印象があります。

Sheinは、日本でも若年女性層を中心に確固たる地位を築いていると思います。SNS上での「大量購入した服を開封して紹介する」という文化は、日本のZ世代でも自然な消費行動の一部になっているとも聞きます。

中国通販の元祖というべきAliExpressは、日本市場においては両者とは異なるポジションに収まっている印象が強いように感じます。日用品や大衆的な雑貨で戦うというよりは、やはり、ガジェット・電子部品・ホビー用品といった商品を求める層が支えている印象です。TemuやSheinのように広く浅く認知を取りに行くというより、狭く深く支持される立ち位置になっているように個人的には思うのです。

買い物の体感の違いも3社それぞれの特徴があります。送料込みの実質価格や届くまでの日数は、3社でそれぞれ微妙に異なります。

・Temuは、価格の分かりやすさと安さ、配送の速さを前面に押し出します。

・Sheinは、ファッションアイテムの物量と回転の速さ、安さで勝負します。

・AliExpressは、他では手に入らないレア度の高い商品を送料無料で安く提供します。

3社とも安さがメインであるものの、独自の販売形態があって、服はShein、生活雑貨はTemu、マニアックなガジェットはAliExpress、といった棲み分けができている気がします。

逆に、日本国内においてこの3社の棲み分けがされていないものが物流です。表面上は激しく競合しているように見えるこの3社ですが、日本国内の配送方法は、共通のインフラを利用している場面が多いのです。

アリエクでのエスポ便のような専用配送網や、ヤマト運輸、佐川急便をはじめとする国内配送業者との提携は、中国発の荷物を効率的に日本全国へ届けるための仕組みとして、3社とも重なり合って利用しています。表では激しく戦いつつ、それを届けるのは同じ配送業者、といった構造があります。

大手中国通販の三つ巴の戦いは、単なるビジネス上の競争ではなく、プラットフォームの存亡そのものを賭けた戦いなのです。そして、消費者が日々享受している驚異的な安さと速さは、この壮絶な戦いの中から誕生しています。

かつての中国通販は、安い反面、リスクを承知で購入する場であり、特殊でマニアックな通販だったのは間違いありません。しかし、現在ではもう特殊ではなく、かなり身近なものになった感覚があります。

その要因は、TemuとSheinの登場が大いに関係し、それに対抗するAliExpressもその恩恵が多少あるような気がします。そしてユーザーにとっては、この冷徹な戦いがより安く、より速くを実現させてくれるものなのです。

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