ろくでもない噂話がきっかけで出世と結婚を掴み取った男の話

今から20年以上前の話ですが、私が当時勤めていた会社に「佐藤さん」という先輩がおりました。

年が私より一回りちょっと上の佐藤さんは身長が160cmに満たない、男性としてはやや小柄な方でしたが、全身がガチガチの筋肉質でマウンテンゴリラのような体系をしておりました。

当時の佐藤さんは30代半ばでしたが、寂しくなった頭髪を隠す為なのか、綺麗に剃り上げたスキンヘッドも印象的で、今から思えば小柄なヴァンダレイ・シウバようないかつさを感じさせる雰囲気でしたが、外見とは裏腹に寡黙で心優しい人間でした。

昼食は佐藤さんと私と同僚の3人で食べるのが日課となっており、ある日の昼食時、同僚が佐藤さんに「佐藤さんの体型ってアマレス選手っぽいっすよね。元々アマレスかなにかやっていたんすか?」とフランクに尋ねましたが、寡黙な佐藤さんは黙ったまま昼食を食べております。

続けて同僚が、「佐藤さんの年代だったら、ちょうどモスクワオリンピックの頃っすよね。もしかして佐藤さんは幻のオリンピック代表選手だったんすか?」と冗談っぽく聞いても、佐藤さんは少しはにかんだ表情を浮かべるだけで否定も肯定もしません。

佐藤さんは人との会話にややついて来れない時がある方で、この時も本人としては反論や否定をしようとしていたのに取り残されて、会話が勝手に進んでいってしまった状態だったと思われ、当人はアマレスなんてやった事も見た事もない方です。

しかし、そんなやり取りを脇で見ていた女子社員が近づいてきて、大声で「えー!佐藤さんってオリンピック選手だったんですか?ねぇー、みんな聞いてー!佐藤さんってオリンピック選手だったんだって!」と思いっきり意訳した解釈を周りの人間に話し始めたのでフロア全体が一気にざわつき始めます。

言い出しっぺの同僚は面白がって「佐藤さんは幻のモスクワオリンピックのアマレス・グレコローマン48kg級の日本代表選手だったんだぞ」と尾ひれを付けて援護射撃を行うと、女子社員にはなんとなく真実味を帯びた話に思えたのか、皆に真顔で吹聴するようになりました。

それから社内中に伝言ゲームがスタートして、数時間後には我が社の佐藤さんがアマレスのオリンピック日本代表選手だったという話は、大きな会社ではありませんが多くの人間が知る事となりました。※モスクワオリンピックは1980年に日本が参加をボイコットをした唯一のオリンピックです。

確かに「佐藤さんは昔アマレスをやっていた」と聞かされれば「やっぱりね」と会社の誰もが言うほどのガチガチの筋肉の持ち主ですし、風貌からも納得できてしまいます。

また佐藤さんの腕力は会社の誰もが知っており、会社の1階から5階へ4ドアの大型冷蔵庫を持って行かなければならない時に90kg以上の冷蔵庫を一人で軽々と運んでいたりする逸話があったので、誰もがあり得る話だと思い込むのも仕方ありません。

さらに私の同僚は背びれや尾ひれを付けた架空の逸話を創作し、会社中に広め始めました。

「モスクワオリンピックへのボイコットが決定し、涙の記者会見を行った柔道の山下泰裕の後ろに佐藤さんもいて一緒に涙する映像を見た」

「そのトラウマがまだ尾を引いていて、佐藤さんにモスクワとソ連という言葉は絶対に禁句だ、正気を失って暴れ出してしまうから」

「佐藤さんは4ドア冷蔵庫を軽々持ち上げるが、現役の頃は街中の自販機を持ち上げる事で体を鍛えていた」

「ある日、勢い余って自販機をスープレックスで投げ飛ばしてしまった反省から、今度は電柱を相手に練習をしていたが、力を入れ過ぎて電柱を地中から抜いてしまった」

「佐藤さんの俵投げは、アレクサンダー・カレリンのカレリンズリフトのようにサトウリフトと言われ、対戦者から恐れられていた」

「試合中のサトウリフトでこの世を去った対戦相手は両手では足りないほどだ」

「ビクトル投げという投げ技があるが、佐藤投げという大技も存在している。しかし佐藤投げは危険すぎて、誰もが使うのをためらってしまう」

「佐藤さんはモスクワオリンピックに出場できなかったイライラから、国内試合ですでに禁じ手となっていた佐藤投げを使ってしまったがために永久追放され、うちみたいな会社で働いている」

「世が世だったら佐藤さんは日本アマレス界の最重鎮であり、国会議員も夢ではなかったのに、対戦相手をマットに沈めてしまったからこそ、今ではしがないうちみたいな会社で働き、懺悔する日々だ」

「佐藤さんと飲みに行ってチンピラに絡まれた時、佐藤さんの目は肉食系野生動物の鋭い目になって、眼力だけでチンピラが逃げて行った」

「佐藤さんは銃を突きつけられても片足タックルで相手を瞬殺した事があるから、相手がライフルかロケットランチャーで武装していい勝負なるほどの強さを持っている。」

「ストリートファイターIIのザンギエフは、実は佐藤さんがモデルで、佐藤さんの必殺技はスクリューパイルドライバーとダブルラリアット」

同僚が吹聴した創作話はどれもめちゃくちゃであり、誰が聞いてもまず怪しさを感じるものばかりでしたが、いつも寡黙でゴツゴツの体系の小柄なヴァンダレイ・シウバな姿を見てしまうと「本当なのかも」と私も不思議と感じてしまいます。

同僚が散々面白がって社内のあちこちで佐藤さんの架空の話をしていると、佐藤さんの話はどんどん広がりを見せ始め、社内の誰もが佐藤さんは幻のモスクワオリンピックのアマレス・グレコローマン48kg級の日本代表選手だったという間違った事実が真実のように独り歩きし始めました。

噂話が広まりつつあったある日の事、佐藤さんは社長に呼び出され、社長に「佐藤、おまえの履歴書を見直したけど、日本代表の事なんて書かれていなかった。なんで本当の事を書かなかったんだ」と問い詰められる事態に発展しました。

佐藤さんは必死に「あれは作り話です」と何度も言い続けますが、社長自身がもうオリンピック選手だったことを信じ切っているので、佐藤さんが否定すればするほど「佐藤、なんでおまえは嘘をつくんだ、どんなやましい事があったんだ、本当に対戦した選手をあやめてしまったのか!」と、とんでもない方向へ話は向かって行きます。

ここでもうまく弁明できない佐藤さんは、とにかく否定する事だけに終始したおかげで、社長にはより真実味を帯びた話だと感じたのでしょう、社長自身までもが取引先の人間にも「うちの会社には幻のアマレス代表選手がいる」と吹聴するようになってしまいました。

そうなったら後はもう無茶苦茶です。

会社に出入りする他社の方々からも「オリンピック選手ってどなたですか?」と言われ、こちらから「あの話はデマですよ」と返答しても、「またまた~。ちゃんと教えてくださいよ」という言葉を投げかけられ、信じてくれません。

その内に顔も名前も知らない同業者から、「おたくには伝説のアマレス選手がいるだってね」と言われる事もかなりの確率で起こるようになりました。

挙句の果てには会社とは何の関係もない全く見知らぬおばさんが会社を訪れ、「うちの息子は高校生でアマレスをやっているんだけど、佐藤さんにコーチをしてもらえないかしら?」と真顔で懇願されたこともありました。

また、同僚が面白がって流した創作話は歪曲されて回りまわって我が社にも伝わってきて、「佐藤さんは危ない奴でイライラすると町中の自販機を俵投げでぶん投げてしまうほどの腕力だから態度と言動には十分気を付けろ」という、ただの無法者としか思えない進化したデマまで発生しました。

私はこの時の会社からとっくに離れておりますし、もう20年以上前の話ですが、今でも佐藤さんがオリンピックの代表選手だと思い込んでいる人間がこの日本には何人かいるのを思うと、噂話って本当に怖いと思います。

しかし、佐藤さんにとってはこの出鱈目な噂が吉となります。

その後の佐藤さんは、オリンピック代表選手の噂話よりも、「普段は物静かだけど、怒らせたらとんでもなく危険な人間」という方の話が大きくなってしまい、本人としてはかなり不本意な評価を受けながらも、この話がきっかけでみんなに一目置かれる存在になり、それに伴って、半年後には役職を貰えることになりました。

さらには、この話から佐藤さんに興味を持つ女性が現れて、その方と結婚する事もできましたので、噂という名のバカバカしいデマも捨てたもんじゃありませんでした。

結婚式の二次会で佐藤さんは「どうしようもない噂話だったけど、俺には結果的にありがたい話になった」と創作話を流布させてゲラゲラ笑っていた同僚にオイオイと号泣しながら語っている姿が印象的でした。

結果的に佐藤さんには良い噂となって、人生すらも好転した出来事になりましたが、もしも結果が真逆の方向に進む事だってあったわけで、噂話というものは面白がって行うものじゃないなと深く胸に刻んだ出来事でした。