コストコにて奇跡的に税込3198円で買えた備蓄米は食べる間もなく知り合いに強奪された話

机の中の掃除をしていたところ、昨年のちょうど今頃に私がオーケーというスーパーで5kgのお米を買った時のレシートが出てきまして、そのお値段はなんと税込1462円と印字されておりました。

日本人の誰もが知っていることですが、昨年の夏ごろからお米の価格が急上昇しており、現在では5kgで6000円を超えている地域がある、なんてことが報じられ、品種によっての差はあるものの、昨年私が買ったお値段から比べると5倍近くにまで値上がりしているということになります。

1年で食料品が5倍に値上がりするなんて、ジンバブエかベネズエラでしか起こり得ないと思っておりましたが、お米だけに関しては日本でもごく普通に起こる事象となってしまいました。

日本人とお米は主食としての深い関係だけでなく、太古の昔より利権や権力にも多大な影響を及ぼすものでもありましたので、この高騰はただ単にお米が不足しているだけのものではないような気がしますが、そんなことに関係のない平民としては、生きていくためにお米を買うのは至極当たり前な話なので、値上がりを受け入れて購入せざるを得ません。

米の高騰は中世ならば一揆が起こりうる事象であり、そんな平民の不満が高まった際には少しだけ施してやってごまかすのが信長の野望での攻略法だったりしますから、現政権も抱え込んでいる備蓄米を申し訳程度に放出し、合わせて、米価は下がるとのプロパガンダキャンペーンが行われました。

しかし、その効果は今のところほとんどなく、むしろ不満を高めてしまっているような気もするのですが、放出された備蓄米が少ないながらも流通しているのは確かであり、そのお値段は現在の市場価格よりも安いのは間違いないようです。

人間誰しも安く買えるのならばそれに越したことはありませんので、私もスーパーに行った際には必ずコメ売り場をチェックしておりましたが、それらしいものは一切見かけず、備蓄米の放出は都市伝説なのだろうと思っていた矢先、ついにコストコにて、備蓄米であろう税込3198円の木徳神糧製造の無洗米5kg袋を売り切れ寸前のところで入手することに成功しました。

帰宅後、早速お米を炊いてみようかと炊飯器の準備をしていると、私の知り合いから電話が掛かってきまして、お米が安く買えて浮かれていたからなのか、備蓄米が買えたことを話してしまいました。

ただ、知り合いは『複数原料米って寄せ集めのまずいお米なんでしょう?』と生意気な口を叩いてきまして、それに反論するように私は『そんな考えは昭和の時代のものであり、今の世の中、まずい米をわざわざ流通させる米問屋は存在しないよ。むしろ、ブレンド米の方が美味しいという意見が多かったりするから、美味しい上に安いのならばこれほど良いことはない』と、うっかり熱弁をふるってしまいました。

すると、『だったら、うちの米びつもそろそろ少なくなってきているし、そんなに美味しいというのなら、味見するためにもその買ってきたお米をまるごとちょうだい』と、馬鹿でも思いつかないような言葉を発しました。

飢えに飢え、あと数時間で野垂れ死ぬ状態であるのならば、私も鬼ではないので少量を分け与えてやることを考えてやらなくもないのですが、日本からお米が消えてしまったのではない上に、高値ながらもちゃんと流通しているので購入することは誰でも可能であり、しかも、ほんの数十秒前まで『まずい米』とのたまっていた人間ごときに、ようやく出会えた備蓄米を、はいそうですかと渡すわけにいかないため、私は当然断りました。

すると、『あんたは安く米を買ってきたことを人に自慢してくるだけの本当にドケチのどうしようもない人間なの?助け合う心が欠落しているダメ人間なの?それならば、その旨を書いて町内の回覧板に挟んでご近所中の隅々まで知らせてやるし、町内の掲示板に来る日も来る日も怪文書を貼り付けてやる』と、やたらとアナログチックな方法で私を追い詰めてきました。

もういい年をした大人がたった3千円のお米で揉めたくもないですし、ご近所中に捏造された誤情報が伝わると今後私が住みにくくなりそうですし、なによりも、たかがお米のことでそこまでの執念を見せる人間に対して抵抗しても何の得にもならず、むしろ大損になりそうですから、苦渋の決断ながら、購入したばかりの備蓄米は開封することなくそのまま知り合いへ渡してしまいました。

その数時間後、『複数原料米でも美味しいね。びっくりした。また買ってきてね』と連絡がきましたが、そんな味の事なんてもう私にはどうでも良く、知り合いは漆にでもかぶれれば良いのにと天に願いながら、もう一度スーパーへ行って5kg4500円のお米を買ってきて、悲しい気分に浸りながら炊飯中、という私の愚痴でした。